TOP >> 中森明菜「DESIRE -情熱-」

中森明菜「DESIRE -情熱-」

1965年7月13日に東京都大田区で生まれ、同じ東京の清瀬市で育った中森明菜さん。

 

本名も同じで、血液型はA型。

 

小中学生時代は母親の食事の手伝いをしたり、妹の面倒をよく見てあげたする普通にいい子だったといいます。

 

また、性格は控えめで大人しい感じの女の子で目立ったりすることが得意ではなかったタイプでした。

 

しかし、そんな彼女が芸能界入りを果たすきっかけとなったのが、1981年当時人気のオーディション番組だった「スター誕生!」で史上最高得点となる392点で合格したことが第一歩になります。

 

その後はすぐに大手芸能事務所の研音にスカウトされ、ワーナー・パイオニアとレコード契約の後に1982年5月に「スローモーション」でデビューを果たします。

 

同年7月にセカンドシングル「少女A」をリリース。

 

その頃の彼女はいわゆる“ツッパリ”や“ヤンキー”といったイメージで世間の多くの人たちは捉えていたと思いますが、実はそれは事務所側が売り出すための戦略であったといいます。

 

16歳で芸能界入りをした明菜さんは、当時通っていた高校は中退し歌手の仕事に専念することになるのですが、決して裕福な家庭ではなく、バレーも習っていたこともあってそんなツッパッているような余裕などは微塵もなかったということです。

 

もちろん、初めからそんなヤンキーな性格ではないので当然なのですが、事務所の方針に従ってそんな役作りをしていただけなんですね。

 

スタッフからいつも“睨む”ことを要求されていたという話ですから。

 

芸能人とはいえ、会社側からすると商品なわけですから、そんな努力もしなければいけないんですねー。

 

 

今は一切の芸能活動を休止していますが、その詳しい理由は好評されていないみたいですね。

 

そんなこともあって、世間では色々な噂が飛び交っているようですけど、本当かどうかは本人の口から聞かないとわかりませんが、よく言われている話を少し並べててみましょう。

 

 

遡れば1989年の当時交際中だった近藤真彦さんの自宅で自殺未遂騒動。

 

もしかしたら、これがすべての発端だったのかもしれません。

 

この後は仕事面でもあまり芳しい成果を上げてはいませんし、周りからの評価も落ちる一方。

 

そのような中で多くのプレッシャーとストレスを抱えることは想像できるのですが、何といっても彼女の食生活はとても正常といえるものではありませんでした。

 

その異常ぶりは驚く程で、何にもでタバスコを大量にかけるらしく、ご飯や味噌汁にまでと言います。

 

また、ステージで歌う本番前にはウォッカなどの強いお酒を日常的に飲んでいたらしいので、胃や他の内蔵になんらかの支障をきたすことは不思議ではありませんね。

 

 

2010年10月28日に芸能活動を休止しましたが、今のところはその復帰の話はないようですね。

 

もう一度あの素晴らしい歌声をお茶の間で聞ける日を心から楽しみにしていますので、一日も早く健康を取り戻されることを心からお祈りいたします。

 

 

■中森明菜の着メロおすすめソング Best6

 

・難破船

 

・少女A

 

・飾りじゃないのよ涙は

 

・DESIRE -情熱-

パイオニア「private CD TV 」CMソング

 

・ミ・アモーレ(Meu amor e...)

 

・花よ踊れ

 

メニュー

小さなお葬式